映画「ザ・ロード」

Introduction

友達はいた? ああ。いたよ。 たくさん? うん。 みんなのこと憶えてる? ああ。憶えてる。 その人たちどうなったの? 死んでしまった。 みんな? そう。みんな。 もう会えなくて寂しい? うん。寂しい。 ぼくたちどこへ行くの? 南だ━。 *「ザ・ロード」原作より抜粋

ヴィゴ・モーテンセン、ロバート・デュヴァル、ガイ・ピアース、シャーリーズ・セロンら実力派俳優、競演。
「すべての美しい馬」「血と暴力の国」(『ノーカントリー』原作)の著者、コーマック・マッカーシーの最高傑作。
ピューリッツァー賞に輝いた全米ベストセラー小説「ザ・ロード」、待望の映画化。


世界の終わりは、ある日突然やってきた。いかなる天変地異や核戦争のような厄災に見舞われたのか、今となっては原因すら定かではない。人類が築き上げた文明は呆気なく壊滅し、作物は枯れ果て、生き物は死に絶えた。太陽は灰色の空の向こうに隠れ、凍てついた大地は断末魔の叫びのような地鳴りを繰り返している。

そんな大惨事を生き延び、南の地を目指して旅する一組の親子がいる。父親は少年をひたむきに守り、少年は父親をまっすぐに信じていた。極度の飢えと寒さに苦しみながらも、少しでも人間らしく生きようとするふたりは、人類最後の希望の灯を未来へと運ぶかのように、荒れ果てた世界をただ歩き続ける。はたして、その“道”はどこに繋がっているのだろうか……。

アカデミー賞4部門に輝くコーエン兄弟の『ノーカントリー』(07)に、原作小説「血と暴力の国」を提供した現代アメリカ文学の巨匠コーマック・マッカーシー。彼がそれに続いて2006年に発表し、全米ベストセラーとなったピューリッツァー賞受賞作が「ザ・ロード」である。その映像化不可能とさえ思われた壮大にして深遠な世界観の完全映画化を実現し、観る者の心を揺さぶってやまない奇跡的なロードムービーが誕生した。

文明崩壊後の終末世界を描いた映画は『渚にて』(59)『少年と犬』(75・未)『マッドマックス』(79)シリーズなどの往年の名作から、『アイ・アム・レジェンド』(07)『ウォーリー』(08)『ザ・ウォーカー』(10)といった近作まで数多く存在するが、『ザ・ロード』はこれらのSFやアクションのどれにも似ていない。主人公は何ひとつ特別な力を持たず、ぼろぼろに朽ち果てた大陸を旅する親子。灰色の絶望に染まったその極限世界は、わずかな生存者の理性を容赦なく奪ってきたが、父親と少年は決して人間性を失わず“善き者”であり続けようとする。

我が子を抱き締めることで愛情を伝え、身を危険にさらしてまで強さを示そうとする父親。その教えを胸に刻み、生命や希望の象徴というべき“火”を運ぼうとする少年。そんな父と子のかけがえのない絆と魂の軌跡を描き上げたこの映画は、コーマック・マッカーシーの作品としては異例の優しさや温もりが息づく原作小説のスピリットを鮮烈に伝え、身震いするほどの深い感動を呼び起こす。

また『ザ・ロード』はヴィジュアル面においても、しばし脳裏に焼きついて離れないインパクトで観る者を圧倒する。スクリーンに次々と出現するこの世のものとは思えない荒涼とした風景の数々は、スタッフが全米各地をハンティングして見出した実在のロケーション。それら残酷なまでにプリミティヴな風景は、テロや地球温暖化などの問題にさらされた現代人を不穏なサスペンスに巻き込みながらも、時に詩的な情緒を漂わせる。かくしてこの映画は、鋭い社会批評をはらむ寓話であり、荘厳な神話ともピュアなおとぎ話とも捉えうる豊かで奥深い作品となった。

ハリウッドの多くの業界人がマッカーシーの小説に魅了されながらも、さまざまなハードルの高さゆえに映画化に二の足を踏んだこの企画は、『ロード・オブ・ザ・リング』(01~03)3部作や『イースタン・プロミス』(07)で名高いヴィゴ・モーテンセンの存在なくしては実現不可能だった。いかなる試練に直面しようとも、たったひとりの我が子を命懸けで守り抜く父親の揺るぎない包容力を体現。撮影中はあえて役作りのためにロケ地の過酷な自然環境に身を投げ出し、自らを追い込んでいったという渾身の演技は、ただならぬ迫力をみなぎらせている。

さらに驚嘆すべきは、もうひとりの主人公の少年に扮したコディ・スミット=マクフィーである。オーディションで抜擢された撮影当時11歳の小さな天才俳優は、全編に渡って寄り添い合ったモーテンセンに「これまでの映画を振り返っても、コディほど優れたパートナーはいない。彼は特別で、驚異的な俳優だ」と言わしめる名演技を披露。無垢な瞳と澄んだ心を持つ天使のような少年を、みずみずしく繊細に演じきった。

短い出演シーンで確かな印象を残す共演陣の顔ぶれも充実している。父親と少年が旅のさなかに一夜だけの交流を持つ老人役は、『ゴッドファーザー』(72)『クレイジー・ハート』(09)やアカデミー賞主演男優賞を受賞した『テンダー・マーシー』(82・未)などで知られる名優ロバート・デュヴァル。『L.A.コンフィデンシャル』(97)『メメント』(00)の実力派俳優ガイ・ピアースが、『ハート・ロッカー』(08)に続いてあっと驚く役どころで登場するのも見逃せない。随所に挿入される父親の回想シーンのパートには、痛切な運命をたどる妻役で美しきオスカー女優シャーリーズ・セロンがお目見えする。

そして本作の映画化権を獲得したプロデューサーのニック・ウェクスラーが、自信を持ってメガホンを託したのはオーストラリア出身のジョン・ヒルコート監督。日本未公開ながら、2005年のバイオレンス・ウエスタン『プロポジション 血の誓約』(05・未)で世界的に絶賛された注目の気鋭が、簡潔にして風格すら感じさせる演出力を発揮し、雄大なスケール感あふれる映像世界を創造した。